畑江敬子著「おいしさと泡」(光生館)のご案内

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ごあいさつ

 「泡を食うお話—ふわふわ,サクサク,もちもちの食べ物—」を2017年に建帛社から出版しました.これは白黒印刷でしたので,その画像集をE-bookサービスに掲載していただきました.
このたび「おいしさと泡—はじける泡,はしゃぐ泡,重なる泡,沈黙の隙間—」と題した本を光生館から出版いたしました.こちらはカラー印刷ですから画像集の必要はありませんが,そのなかで,第2章 4 泡の振る舞い,のなかに,図2-20として,ビール,シャンパン,炭酸水の泡が立ち昇る様子を動画にしたものがございます.同じ泡を含む飲み物でありながら,泡の大きさ,立ち昇る速さ,上面での重なりなどの違いをおわかりいただけるものと思います.ぜひ御覧ください.もし,興味を持たれましたら,「おいしさと泡」もお読みいただけたら幸いに存じます.

4 泡の振舞ー炭酸水,シャンパン,ビール

 ビールも,シャンパンも炭酸水も泡がおいしさに重要な役割をしているが,ビールの泡は上面に泡の帽子を作るのに対して,シャンパンや炭酸水の泡は液面ですぐに弾けてしまう.これらの泡はどこが違っているのだろうか.

図 2.20 ビール(左),シャンパン(中)と炭酸水(右)をメスシリンダーに入れ,泡の上昇を観察した.
ビールでは泡は小さく,図では見えにくい.元の動画を次にお見せする


ビールの泡

シャンパンの泡

炭酸水の泡

 これらの泡に閉じ込められた気体は炭酸ガス(二酸化炭素,CO2)である.ビールやシャンパンの場合,炭酸ガスは麦汁あるいはぶどう汁中の糖分が酵母によって分解され,発酵することによってアルコールと共に発生してくる.発酵が終わった後も,熟成中にわずかに発酵が進むため適度な圧力調整によって,樽詰め,あるいは瓶詰め後の液体中に炭酸ガスを閉じ込めている.一方炭酸水では人工的に加圧することによって水の中に炭酸ガスを閉じ込めている.
ビール中には約0.45〜0.50 重量%(1 リットルあたり約5g)の炭酸ガスが溶解しており,瓶の中の圧力は常温で2~2.5 気圧である.缶や瓶に詰められるときも圧力のかかった状態のまま詰められるので,栓を抜くと気圧が下がり,ビールの中に過剰に溶けていた炭酸ガスが分離する.グラスに注ぐときには,撹拌されることになるので同時に空気も混ざり無数の微細な泡が発生する.
シャンパンではまず,ブレンド(アッサンブラージュ)されたベースワインを糖分と酵母,さらに酵母の栄養分とともに瓶につめ仮栓をする.そうすると,瓶の中で2度目のアルコール発酵が進み,アルコールと炭酸ガスが生成される.炭酸ガスは逃げずに液中に溶けた状態で瓶の中に留まり,最終的にはコルクの下から液面までの炭酸ガスは6気圧程度に達する.シャンパン液中の炭酸ガスは過飽和状態で,1リットルあたり12g,栓の下から液面までに存在する炭酸ガス(6 気圧)とは平衡状態を保っている.栓を抜くと平衡は破れ,シャンパン液中の炭酸ガスは空気中に放出される.シャンパンに含まれる炭酸ガスの量はビールの2倍以上ということになる.
炭酸水の場合は,法定で約3気圧以上と定められているので(炭酸飲料の項を参照),これもビールよりは炭酸ガスの量は多いといえる.

● 泡がグラスの中で形成されるのは

 炭酸水の泡は,発生すると大きい速度で液体中を上昇する.しかし,ビールでは泡は優雅にゆっくりと上昇して行く.
 では,まず立ち上る泡はどこで形成されるのだろうか?
 Liger-Belair1(), Gérard はシャンパンについて,泡の核が形成される地点は一般に信じられているようなグラス内部の傷や凹凸からではなく,グラスの内壁に付着している不純物,例えば円筒状のセルロースなどだということを実験的に示している(図2.21).もし,完璧にきれいなグラスにシャンパンを注ぐと,泡は全く立たないことを見いだしている.
 炭酸飲料中での泡の生成に当たっては,一定の大きさを持ったエアポケットがあらかじめ存在していなければならない.それは泡の生成臨界半径を越える大きさを持っている必要がある.液体中の炭酸ガスがエアポケットに集まってくるとサイズは段々大きくなって泡として離陸する.
 ビールやシャンパンの泡の上昇の美しさの一つの要素は,規則的に並んだ泡の列だろう.これはグラスの底から泡が一定の周期で発生することから起きる.液体に溶解している炭酸ガスがエアポケットに集まってくるとサイズはだんだん大きくなって行く.泡核形成地点にくっついたまま大きくなって行った泡は,体積が増して浮力が増すことにより泡核形成地点を離れる.
 しかし,小さなエアポケットは依然として残ったままで,そこにまた炭酸ガスが集まり始め,泡の離陸が起こるといわれている.これが泡が周期的に発生する理由であり,これが上昇する泡の行列をつくる.以上はビールにもシャンパンにも共通していえることであるが,一方,炭酸水ではかなり様子が異なり,泡はランダムにボコボコッと発生するように見える.

図2.21 高速ビデオカメラで撮影したフルートの壁面についたファイバーが泡の発生源となっている様子.ファイバーの空洞内のエアポケットが繰り返して発生する泡の源になっている様子が黒く見えている.

1 Liger-Belair, Gérard : Uncorked The Science of Champagne, Rivesed Edition,
p.49, Princeton University Press (2013)

● 泡の上昇

 泡はいったん泡核形成地点から離陸すると,その上昇とともに大きくなっていく.
この成長は液体中の炭酸ガスが泡の中で気化することによって起こり,その半径は時間に比例して増大することが観察されている
1().体積の増加による浮力の増加は泡の上昇を妨げる抵抗力の増加を上回るために泡の上昇は加速されていく.

図2.22 上昇に伴うビールの泡の半径の変化と時間の関係(Shafer・Zare,1991)
観測されたビール中の泡の時間 t につれての成長(半径の増大).グラスの底で発生した泡は半径 0.2 mm 程度であるが, 4 秒後, 液体の表面に達するころには0.3 mmを超える.直線は観測値をフィットしたもの.

図 2.23 時間の経過に伴う泡の高さと上昇速度(Shafer・Zare,1991 の論文より作図)赤い点は観測された,時間と共に上昇する泡の位置(高さ)(右側スケール)である.青い点はこの差分から計算した上昇速度(左側スケール)である.

 グラスの底の近くではビールの泡の半径r は 0.2 mm 程度で,上昇速度も0.8 cm/s ぐらいであるが,上昇とともに半径も 0.3 mm以上まで成長し, 速度は6.0 cm/s 位になっていく(図2.22,図 2.23).しかしこの泡の成長はそれほど劇的な物ではない.
 一方,シャンパンでは最初泡の半径は10μm ぐらいであったものが,液中を10 cm も上昇した後は0.5 〜1.0 mm ともなり,速度は15cm/s 程度にも達する.(純水では1 mm の泡の上昇速度は30 cm/sにもなるといわれているので,炭酸水でもおそらくこれぐらいの速度に 達すると思われる.)
 泡の振舞に大きな影響を与えるもう一つの要素は液体中に溶け込んでいる界面活性作用を持つ物質の存在である.ビールの中には麦芽に由来するタンパク質や糖分,ホップに由来するイソフムロンなどが多く含まれていて,界面活性剤の働きをするこれらの成分が1 リットル中数百mg も溶けている(ビールの項参照).
 そして,これらが泡の周りを隙間なく囲み,泡の膜を丈夫にして,泡が液中を上昇するときに液体から受ける抵抗を高めているので,泡はどちらかというとゆっくりと上昇する.
 水中の界面活性剤の存在は,微量であっても水中の気泡の上昇終端速度を減らす作用があることが知られている.
 また,溶液中の界面活性剤の量が多いほど泡の上昇への抵抗力が大きくなることが観察されている.界面活性剤は気泡の周りにしっかりした壁を作り,気泡中の気体の潤滑効果を削ぎ,気泡の上昇に影響を与える.
 一方シャンパンでは界面活性作用をもつ物質の量は1リットルあたり数mg 程度であるからら泡は界面活性剤で隙間無く覆われるということはなく,それも泡が上昇して行くに従い覆われている部分は減ってきて,泡の上昇速度は増加していく.
 そのほかに,もちろん液体の粘性も泡の上昇に影響を与えるが,ビールとシャンパンで粘性率には大きな差はなく(1.3 mPa•s 程度),泡の上昇に差をつけるのはおもに界面活性剤の量といわれている.

図 2.24 泡の上昇に伴う大きさの変化 シャンパンの泡は上昇しながら大きくなリ,界面活性成分は泡の周囲を覆うことができない

 ビールの泡の振舞についてはPhysics Today誌(米国物理学会誌)1991年10月号にShafer, Neil E.・Zare, Richard N .がThrough a beer glass darklyというタイトルでかなり詳しい観察結果とその解析を報告している1.また,シャンパンの泡についてはLiger-Belair, Gérard がUncorked The Science of Champagneという著作でかなり詳しく取り扱っている2.
 著者はこの2つの著作から多くのことを学んだ.ここで述べるかなりの部分は彼らの著作で学んだことである.
 Shafer とZare はビールの泡は周囲を界面活性物質で固められており,剛体球に近いと報告している.それによって泡の上昇運動を論じた.剛体球に働く力はアルキメデスの原理による泡の体積に比例した浮力 F と界面活性剤の存在や粘性などの作用による上昇を妨げる抵抗力 R で,R は泡の上昇速度,泡の断面積,液体の密度などに依存する.これらを考慮して彼らは運動方程式を解くことにより,泡の上昇現象を解析している.
 ビールの泡の上昇速度とシャンパンの泡の上昇速度を比べると,ビールの泡のほうが遅いのは,それぞれの含有する界面活性剤の量に由来するが,また,気体の量もシャンパンにはビールの3倍ぐらい多く含まれていることも寄与している.
 ビールではグラスで普通に観察される泡のサイズを超えると(例えば半径が0.1cmともなると),半径は時間とともに振動するようになる.この振動は気泡の,その航跡との相互作用によって駆動されていると信じられている.振動中の気泡はもはや直線的に上昇せず,ジグザグに,あるいはらせん状の道をたどる.振動中はその半径が増えても,上昇速度の増加は非常に少なくなる.振動の開始とともに気泡の流れに加わる抵抗は急激に上昇する.このため半径2 mm のビールの泡の上昇は,純水中での1.3 mmの気泡の上昇終端速度より小さくなってしまうという.
 一方シャンパンには界面活性剤は前述のようにビールの3分の1程しか含まれていない.そのためまず,シャンパンの泡はほぼ球形になる.(もっともビールの場合でも,グラスの中で観察できる泡のサイズの範囲(半径約0.3 mm)ではやはり球形になる).シャンパンの泡の界面を取り囲む界面活性剤は,泡の界面を完全に覆うことはできないので,泡の内壁は部分的に界面活性剤に覆われないで残る.そこで,この泡は上昇するに従って周囲の炭酸ガスをその中に蒸発させ,少しずつ大きくなっていく.泡が大きくなると浮力F が増すが,同時に,泡は上昇を妨げる抵抗力Rも受ける.浮力と抵抗力がつりあったときに泡の上昇速度は一定となる.これを終端速度という.しかし,実際にはシャンパンの気泡は一定とはならず加速される.このことは,泡が徐々に大きくなり体積が増して,浮力Fが常に抵抗力Rを上回ることを示している.
 リジェ-ベレール, ジェラール はシャンパンやスパークリングワインの泡の列を精査すると,液面に向かって上昇するシャンパンの泡は,剛体球から「流体球」へと変化すると述べている3.サイズが大きくなるにつれて,シャンパンの泡は表面の界面活性剤を自分で洗い流すため上昇して液面に近づくにつれて抵抗が減る.その結果,シャンパンの泡はビールの泡と比べて早く立ち昇るという.ただ,著者にはこの「流体球」というのがよく分からない.
上昇を続けた泡が液面に達すると起きることはビールとシャンパンまたは炭酸水で大いに異なる.ビールでは気泡はグラスの上端で帽子のようなhead と呼ばれるあぶくとして集まる.浜辺では良く波頭に白いwhitecapが波の上に浮かんでいるのが見られるが,これは海洋の表面にある有機物の薄い膜の存在によってひきおこされることが知られており,同じようにビールでは界面活性剤が帽子を作る.一方シャンパンでは気泡は表面に達するや直ちにはじけてしまう.表面付近の界面活性剤の量がビールの100分の1と少ないことからそうなると考えられている.


1
 Shafer, Neil E.・Zare, Richard N .: Physics Today, Oct. 45 (1991)
2 Liger-Belair, Gérard : Uncorled The Science of Champagne, Princeton University Press (2013)
3 リジェ-ベレール, ジェラール : シャンパン泡の科学, 立花峰夫訳, p.81,白水社(2007)

●泡のはじけるときの音

 炭酸飲料やシャンパンの泡は,泡が盛んに上面に立ち昇り,泡が消えるとピチピチというような小さな音が盛んに聞こえてくる.この音はシャンパンやガス入り飲料の炭酸ガスが表面ではじけて空中へ出て行くときの音ではあるが,気泡が壊れた瞬間の音ではない.
 英語でsparkling, フランス語でpétillantというパチパチ跳ねるという形容は,液面に達した気泡がはじける時に,上端に達した泡が表面張力で液面より持ち上がり,泡の頂点が割れて落下する液体が再び泡のあった中心付近に水柱を作り,それが落ちる音だとLiger-Belair, Gérard は写真を添えて説明している.これは炭酸水でも同じである.
 シャンパンの泡が作る小さな噴流は,小さな水滴をはね飛ばし,そのために音だけでなく芳香を撒き散らす.炭酸水でもこの音は聞こえるが,芳香はもちろん生じない.

 柘植秀樹1は液面に達した気泡がはじける様子を詳しく説明している(図 2.25).それによると,まず,泡が上面まで昇って,液の表面で液膜が割れて炭酸ガスは空中へ散逸する.すると,泡があった場所には泡の形をした液面が窪みとなる.その液面を元の水平面に戻そうと,周囲から泡があった場所に液の急激な流れが起こる.この液波の流れによって,元の液膜があった場所に液波の衝突が起こり,小さな液滴が水面から勢いよく発射される.
 この空中に発射された水滴が液面に落下してぶつかった音が,ピチピチという音なのである炭酸飲料やシャンパンをグラスに注ぎ,黒い背景を作って横から注意深く見ると,確かめることができる.

図2.25 泡のピチピチ音は小さな液滴が水面に落ちる時の音
(柘植秀樹・海野肇,2004をもとにイラスト)

 なお,シャンパンの泡のピチピチという音を天使の拍手というそうな.
 同じ炭酸ガスの泡でも,ビールの場合は泡は簡単には壊れない.ビールの表面で層になった泡が消えるのは,時間が経って,泡の周囲で泡を安定に保っているこれらの成分が流れ落ちて液膜が薄くなり,泡の形を保っていられなくなるからである.


1
 柘植秀樹・海野肇 : 『泡』技術 使う,作る,排除する, p.19, K books SERIES,184 (株)

日本工業会(2004)

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